【小噺】フラノ誕。
その日は、今朝から雨が降っていた。
春の兆しが訪れる中、急な悪天候に気温はぐんと下がり、せっかくの穏やかな気候はそれに伴いどんよりとし始める。
昨夜の時点で、少しばかり湿気を感じていたので、天候が崩れることは予測できていた。
けれどだからといって何かが変わるわけでもない。
「……姿がお見えになられないと思えば…」
知らせを受けて城門の前へと駆けつければ、そこには今朝から探していた当人の姿。
それもずぶ濡れで、両手には少量ながらも荷物を抱えていた。
「…もう、フラノには言わないでって言っておいたのに…」
「護衛に黙って城下町へ出る王女なんてどこにもいませんよ、全く…」
ため息混じりに告げながら、不機嫌そうに膨れる少女の手荷物を受け取る。
頑なに離そうとはしなかったが、それが仕事だと促せば渋々折れてくれた。
「フラノがわたしの護衛に就いてから、全然身動きが取れないわ」
城内で去りゆく騎兵に軽く挨拶を交わしながら、少女は尚も不満そうに告げる。
「当たり前です。私は貴女の身を護ることが任務ですので」
「お兄様もオルノスも、少しはわたしの自由を許してくれたわ」
「スティール様はリオン様の兄君であられますので、それはわかりますが…オルノスは少し貴女に甘いようですね」
「もう。フラノは堅いのよ、少しくらい力抜いたって構わないのに」
続くように、ぶつぶつと悪態をつく少女に、ひとつ息を吐く。
この調子では、王女としての自覚も遠い先の話になるのかもしれない。
「…お言葉ですがリオン様、その場合私が陛下に殺されます」
呆れながら告げれば、ぽかん、とした表情で、
「……それは、困るわ」
なんて、言ってのけた。
彼女の私室へとたどり着くなり、そこにいた使用人たちがその姿に慌てふためいた。
ずぶ濡れになり、水分を多く含んだ衣装は重みを増し、べっとりと肌にまとわりつく。
使用人に着替えを頼み、自身は扉の前で待機する。護衛といえど、さすがにそこまで踏み込むわけにはいかない。
しばらくして私室から出てきた彼女は、唐突に見せたいものがあるといい、腕を引いた。何処へ行くのかと尋ねるも、いいからいいから、とはぐらかされる。
そうして趣いた場所は、普段から滅多に使われることのない応接室。防音も完備され、とても不要には思えないのだが、何より問題なのはそこへ訪れるのに相当の距離があるという点。
せっかくの客人を、城内の奥まった場所へ歩かせるのは愚問だと、前国王が不要にしたそうだ。ただでさえ広い城内ゆえに。
「…リオン様、一体何を?」
扉の前で、再び彼女に問う。
今朝から、嫌になるほどの雨が降っていた。窓に打ち付ける雨音は、広い城内に跳ね返るように響く。それに乗せるように、彼女は口を開いた。
「オルノスから聞いたの。フラノ、今日誕生日なのでしょう?」
告げられた言葉に、ふと思い出す。
近衛兵として就いてから、祝ったことも祝われたこともなかったと。
無論、それを誰かに告げたこともないため、当たり前ではあるのだが。
「勝手に城下町へ行ったことは反省してる。でも、どうしても貴方に渡したかったから」
紡がれる言葉が、頭に響く。
嘗て家族に祝われたときでさえ、こんな気持ちにならなかったのに。
「…フラノ?」
「……ありがとうございます、リオン様。言われるまで、気づきませんでした」
「え、自分の誕生日でしょう?」
「ええ。ですが基本、近衛兵は自分のことなど二の次なので」
生まれながらにして、騎士の家系が築き上げた重要基準。それを身にしみるほど叩き込まれた身としては、自身が生まれた日など気にも留めていない。
4つ下の弟は、違うようだけれど。
「…そういえば、いつも私の祝い事のときは雨が降っていました。最後に家族で祝儀をあげたときも、朝から雨が降っていました」
誕生日は、いつも雨。晴れて国家騎士へと入団できた日も、雨。それから近衛兵として昇任した日も、雨だった。
華やかな祝儀をあげられないまま、屋内でただ形式的にそれをしてきた記憶しかない。
憂鬱で、薄暗く、耳障りな雨音。そんな雨が、いつしか嫌いになっていた。
「……きっと、空が祝儀をあげてくれているのよ。フラノのことを、空が祝ってくれているの」
「空が、ですか?」
「ええ。フラノの無事を祈って、祝福するように」
囁かな、気持ちだと言わんばかりに。
そんな思いが、溢れた結果の雨だと言わんばかりに。
「…そうだと、いいですね」
たとえそれが偶然によるものだとしても、皮肉や嫌味に捉えず祝福や祈願に捉えられればいいと。
そう告げた少女に、少しだけ感謝して。
「ほら、中へ入りましょう!貴方の誕生日を知った以上、ちゃんと祝いたくて準備したんだからっ」
嬉々として告げる彼女に腕を引かれながら、開け放たれた応接室へと歩を進める。
そこに飛び込んできたのは、いくつかの料理と少し不格好に作られたであろうケーキと、かの弟が連れてきたのだろう親しいほかの近衛兵や騎兵たち。
すべて彼女が呼びかけた結果なのだろうが、こじんまりとしつつも記憶の中にある祝儀そのものだった。
(……王女としての自覚は、まだないようだけどな)
そんなことを心の中で呟き、引かれるままにその輪へと向かう。
たとえ雨が降ろうとも、たまにはこんな日があってもいいだろう、と。
小さく、苦笑を浮かべた。
―――――――――――
2月28日、フラノ生誕でした。結局間に合わなかったけどちょっとした小噺でお祝い。
こういうのも僕にとってはいい刺激になりそうですちょこちょこ続けるよー!ということで第一弾小噺でした!
春の兆しが訪れる中、急な悪天候に気温はぐんと下がり、せっかくの穏やかな気候はそれに伴いどんよりとし始める。
昨夜の時点で、少しばかり湿気を感じていたので、天候が崩れることは予測できていた。
けれどだからといって何かが変わるわけでもない。
「……姿がお見えになられないと思えば…」
知らせを受けて城門の前へと駆けつければ、そこには今朝から探していた当人の姿。
それもずぶ濡れで、両手には少量ながらも荷物を抱えていた。
「…もう、フラノには言わないでって言っておいたのに…」
「護衛に黙って城下町へ出る王女なんてどこにもいませんよ、全く…」
ため息混じりに告げながら、不機嫌そうに膨れる少女の手荷物を受け取る。
頑なに離そうとはしなかったが、それが仕事だと促せば渋々折れてくれた。
「フラノがわたしの護衛に就いてから、全然身動きが取れないわ」
城内で去りゆく騎兵に軽く挨拶を交わしながら、少女は尚も不満そうに告げる。
「当たり前です。私は貴女の身を護ることが任務ですので」
「お兄様もオルノスも、少しはわたしの自由を許してくれたわ」
「スティール様はリオン様の兄君であられますので、それはわかりますが…オルノスは少し貴女に甘いようですね」
「もう。フラノは堅いのよ、少しくらい力抜いたって構わないのに」
続くように、ぶつぶつと悪態をつく少女に、ひとつ息を吐く。
この調子では、王女としての自覚も遠い先の話になるのかもしれない。
「…お言葉ですがリオン様、その場合私が陛下に殺されます」
呆れながら告げれば、ぽかん、とした表情で、
「……それは、困るわ」
なんて、言ってのけた。
彼女の私室へとたどり着くなり、そこにいた使用人たちがその姿に慌てふためいた。
ずぶ濡れになり、水分を多く含んだ衣装は重みを増し、べっとりと肌にまとわりつく。
使用人に着替えを頼み、自身は扉の前で待機する。護衛といえど、さすがにそこまで踏み込むわけにはいかない。
しばらくして私室から出てきた彼女は、唐突に見せたいものがあるといい、腕を引いた。何処へ行くのかと尋ねるも、いいからいいから、とはぐらかされる。
そうして趣いた場所は、普段から滅多に使われることのない応接室。防音も完備され、とても不要には思えないのだが、何より問題なのはそこへ訪れるのに相当の距離があるという点。
せっかくの客人を、城内の奥まった場所へ歩かせるのは愚問だと、前国王が不要にしたそうだ。ただでさえ広い城内ゆえに。
「…リオン様、一体何を?」
扉の前で、再び彼女に問う。
今朝から、嫌になるほどの雨が降っていた。窓に打ち付ける雨音は、広い城内に跳ね返るように響く。それに乗せるように、彼女は口を開いた。
「オルノスから聞いたの。フラノ、今日誕生日なのでしょう?」
告げられた言葉に、ふと思い出す。
近衛兵として就いてから、祝ったことも祝われたこともなかったと。
無論、それを誰かに告げたこともないため、当たり前ではあるのだが。
「勝手に城下町へ行ったことは反省してる。でも、どうしても貴方に渡したかったから」
紡がれる言葉が、頭に響く。
嘗て家族に祝われたときでさえ、こんな気持ちにならなかったのに。
「…フラノ?」
「……ありがとうございます、リオン様。言われるまで、気づきませんでした」
「え、自分の誕生日でしょう?」
「ええ。ですが基本、近衛兵は自分のことなど二の次なので」
生まれながらにして、騎士の家系が築き上げた重要基準。それを身にしみるほど叩き込まれた身としては、自身が生まれた日など気にも留めていない。
4つ下の弟は、違うようだけれど。
「…そういえば、いつも私の祝い事のときは雨が降っていました。最後に家族で祝儀をあげたときも、朝から雨が降っていました」
誕生日は、いつも雨。晴れて国家騎士へと入団できた日も、雨。それから近衛兵として昇任した日も、雨だった。
華やかな祝儀をあげられないまま、屋内でただ形式的にそれをしてきた記憶しかない。
憂鬱で、薄暗く、耳障りな雨音。そんな雨が、いつしか嫌いになっていた。
「……きっと、空が祝儀をあげてくれているのよ。フラノのことを、空が祝ってくれているの」
「空が、ですか?」
「ええ。フラノの無事を祈って、祝福するように」
囁かな、気持ちだと言わんばかりに。
そんな思いが、溢れた結果の雨だと言わんばかりに。
「…そうだと、いいですね」
たとえそれが偶然によるものだとしても、皮肉や嫌味に捉えず祝福や祈願に捉えられればいいと。
そう告げた少女に、少しだけ感謝して。
「ほら、中へ入りましょう!貴方の誕生日を知った以上、ちゃんと祝いたくて準備したんだからっ」
嬉々として告げる彼女に腕を引かれながら、開け放たれた応接室へと歩を進める。
そこに飛び込んできたのは、いくつかの料理と少し不格好に作られたであろうケーキと、かの弟が連れてきたのだろう親しいほかの近衛兵や騎兵たち。
すべて彼女が呼びかけた結果なのだろうが、こじんまりとしつつも記憶の中にある祝儀そのものだった。
(……王女としての自覚は、まだないようだけどな)
そんなことを心の中で呟き、引かれるままにその輪へと向かう。
たとえ雨が降ろうとも、たまにはこんな日があってもいいだろう、と。
小さく、苦笑を浮かべた。
―――――――――――
2月28日、フラノ生誕でした。結局間に合わなかったけどちょっとした小噺でお祝い。
こういうのも僕にとってはいい刺激になりそうですちょこちょこ続けるよー!ということで第一弾小噺でした!