この世界は、不思議だ。
まるで機械のように、決まったサイクルで廻っている。
それが当たり前で、正しいのだと言わんばかりに、巡る。
ぼくは、そんな不思議な世界が好きだ。そこに人の意志が加わればなお、面白みが増す。
その不思議さが、たまらない。
彼は、世界を嫌っている。
その全てから背を向けて、自分の世界を創り上げるくらいに嫌悪している。
それゆえに、睡眠障害を引き起こし、眠れない日々を過ごしている。
彼の身体を借りて表にでるようになったのは、そんな彼の精神を休ませたかったから。
体そのものの疲労は、ぼくの手でどうにでもできる。だからこその、反転。
記憶を共有しないのは、互いの感情を同じものにしたくなかったから。
ぼくは、ぼくの好きなものを奪わせない。壊させもしない。
彼が嫌うこの世界は、誰のものでもないけれど、ぼくは彼の全てをなくしたくはなかった。
彼にそれが届く保証も根拠もないけれど、彼の存在そのものを世界から消したくはない。
彼が嫌うものを、代わりにぼくが好いてやる。そうすることで、彼の存在は守られる。
そのつもりで、彼とは真逆のことを行動に示した。
ぼくは、この世界が大好きだ。
代わり映えしない、無責任な世界だけれど、そこに何らかの変化を与えれば、劇的に何かが起こる。
そうして慌てふためく人々の様子が、次の日には当たり前の日々に戻る。
その瞬間が、たまらなく好きだ。
別に、世界の神になったつもりはない。
ただそれだけに、危うい世界であることも理解している。
またそれを、彼が嫌う意味も理解している。
だからこその、混乱を招きたいとも思ったのだ。
すべてのことを否定し、「外」という世界に踏み出すことをやめてしまった彼の代わりに、何もなくなった彼の必需品を買い溜めるところからぼくの世界は始まる。
初めてこの世界を視界に入れたとき、何とも言えない高揚感に溢れた。
「ぼく」が「だれ」で、「なんのために」あらわれたのかは、考えなかった。
彼の直前の記憶を継いで、食料から生活用品、そのほか足りなくなっているものを買わなければならないと知る。
その次に、洗濯や掃除、身の回りの片付けを済ませ、住みやすい環境を取り戻す。
それだけで、一日が終わる。
ある程度彼のための補充が終われば、今度はぼく自身の時間だ。
幸いにも、彼が遮断する前に貯め込んだ貯金がありえないほどの金額を示していたために、生活するうえでは何も困らなかった。
すぐさまこの世界の情報を得ようと本屋へ趣き、雑誌や新聞などで適当に知識をつけた。
そこで知った、「働く」という概念に、ぼくは興味を持った。
けれどぼくと彼が反転していられるのは、長くても半月だけ。主に彼が元であるために、ぼくがこの世界にいられるのは二ヶ月に一度くらいの頻度だ。
そんな短期間で、働けるはずもない。
もちろん、短期という限られた期間だけの仕事もあるのは知っている。
けれどそれも、ほとんどがひと月からひと月半が基本だ。
遮断する彼に頼むという考えは、残念ながらすぐに捨てた。既にその行為をやめている彼に言ったところで、返る答えは決まっている。
『そんなイミのないことは、したくない』だ。